パチン パチン パチン
今日も今日とて、甲高い音が静かな事務所に響く。
奏者はOさん、年齢64歳。ベテラン中のベテラン社員だが、演奏の評価はイマイチ。
その手に握られているのは、名もなき小さな金属製の楽器――そう、爪切りである。

音出しの回数から逆算するに、1本の指で5回は奏でている様子。
普段の仕事っぷりからは想像できないほど、念入りかつ丁寧である。
このソロパートは不定期開催。気まぐれに幕を開ける。
「今日も始まったな」などと誰かが呟いたときには、眉間に皺を寄せた面々と目が合う。
筆者は思った。
「Oさん、今この現代において、事務所で爪を切るとは…修行の1つでもしているのだろうか」
同僚らにそれとなく聞いてみた。すると意見は一致。
「家で切るもんでしょ、爪って」
「てか、飛ぶじゃん、破片。フケツじゃない?」
「それよりなにより、音が心に刺さるのよ」
そうだ、爪の音は耳を刺すが、悪い意味で心にも刺さるのだ。
パチン=メンタル攻撃。じわじわと、だが確実に・・・。
だが私は悩んでいる。
これを注意すべきか、黙認すべきか――。
Oさんの爪はパチンの音と共に短くなっていくが、私のストレスは静かに溜まっていく。
